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浴衣や着物で楽しみたい、京都の夏の風物詩、祇園祭とは?

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京都には三大祭と呼ばれるお祭りがあります。

葵祭、祇園祭、時代祭の3つです。
中でも祇園祭は京都の夏の風物詩とも言われるほどで、毎年地元住民、観光客ともに盛り上がりを見せています。
祇園祭は八坂神社の祭礼で、10世紀後半の天禄元年(970年)あたりが起源と言われ、非常に歴史が長く伝統的なお祭りです。
祇園祭では毎年7月1日から7月31日まで1ヶ月ほどかけて様々な行事がおこなわれます。
特に17日の前祭・山鉾巡行、24日の後祭・山鉾巡行が有名です。

山鉾巡行は国の重要無形文化財でユネスコの無形文化遺産にも登録されています。

やはり祇園祭は山鉾巡行が見どころですが、山鉾巡業とは一体どんな行事かそのルーツを知っておくと見るときの楽しみが増します。
山鉾巡行は今から約1100年前に始まりました。
当時京都は都でひどい疫病が流行り、病人と死人が相次ぎました。
今のような医療技術はなく、疫病の原因は分からないまま広がるばかりで人々は不安に包まれました。
そこで、この疫病は諸外国からもたらされたもので、牛頭天王の祟りの仕業であるとして祇園社で疫病を鎮めるための信仰が始まりました。
牛頭天王(ごずてんのう)とはインドの守護神で、八坂神社の前身の祇園社の頃から祀られています。
その信仰でおこなわれたのが山鉾巡行で、当時の日本の国の数66に合わせて66本の鉾を作り、
悪疫や禍を封じ込めるために神泉苑に送る御霊界がおこなわれました。

山鉾とは神社の祭礼に引かれる山車のことで、台の上に家や山などの作りものをして鉾やなぎなたを立てたもののことです。

この山鉾巡行は疫病が流行するとおこなわれ、不定期に開催されましたが、天禄元年(970年)から毎年おこなうようになりました。
戦乱の時代になると山鉾巡行は途絶えそうになり、応仁の乱と文明の乱で京都は焼け野原と化してしまいましたが、1500年頃に復活して現在まで引き継がれました。
現在のような華やかな山鉾巡行は安土桃山・江戸時代あたりからだと言われています。
京都の伝統工芸でもある西陣織や舶来のゴブラン織が用いられるようになりました。

山鉾巡業は神輿渡御に先立って朝から昼過ぎにかけておこなわれ、華麗な美術工芸品で装飾された山鉾が都大路を巡ります。

その様は「動く美術館」とも呼ばれるほどで、華々しい33基の山鉾が通ります。
17日の山鉾巡行は午前9時に四条烏丸をスタートし、河原町四条、河原町御池を通過して新町御池に到着するコースです。
山鉾巡行に登場するのは33基のうちの23基です。
24日の山鉾巡行・後祭巡行は午前9時半に烏丸御池を出発し、河原町御池、四条河原町を通って四条烏丸に向かいます。
登場する山鉾は残りの10基です。
是非とも見ていただきたいところは、山鉾の方向転換の「辻回し」です。
山鉾は車輪がついているものの、方向転換するための舵がついていないため、直進することしかできません。
そこで、曲がり角にさしかかったところで方向転換をおこないます。

辻回しはまず青竹を道に敷き詰め、山鉾が乗ったら青竹の位置を調整します。

それから、青竹が上手く滑るように水をかけて、人の手で青竹といっしょに山鉾を回します。
かけ声を出したり、扇をふりかざして音頭を取りながら時間をかけて方向回転します。
最大で12トンもある山鉾なので、息が合わないと上手く動かすことができず、辻回しを行う様子には圧巻です。
山鉾巡業は威勢の良いスピード感あるお神輿と異なって、京都らしい優雅さがあり、是非見て体感していただきたいものです。

夢美人は祇園に本店を構え、ちょうど山鉾巡行がおこなわれる近くにお店があります。
京らしい着物・浴衣を着た祇園祭はよりいっそう風情があり、思い出を彩ります。